Chapter6−1 営業現場は疲弊している

デジタルトランスフォーメンションとビジネス環境の変化と複雑化の皺寄せは、営業現場に大きな混乱を引き起こす

 

「もう勘弁して欲しいんですよ」、ある代理店の営業がこぼしていた言葉である。営業現場は疲れている。彼らの抱えているジレンマを聞けば、それはそれで気持ちは分ろうというものである。彼らの仕事は製品やサービスを売り、売上金額を達成し、かつ会社に利益をもたらすことである。(極論を言えば、営業現場は売れるなら何でもする。)

 では、営業現場のジレンマとはどういうことなのか、一体何に苦しんでいるのか。実際に営業畑を歩んできた率直な感想を交えて進めて見たい。これは、ITベンダーの経営を進める上で、極めて重要なパートのである。

 

 IT関連企業、特に販売代理店やシステムインテグレーターの内部では何が起こっているのか。それを端的に表しているいくつかの言葉ある。一つはSun Microsystemsの元会長スコット・マクニーリィの言葉である。「情報システムは止める事が出来ない、従って我々がやっているのは、人にワイシャツを着せたままアイロンをかけているようなものだ」。また前述したが、「新しい破壊的技術は大手ベンダーからは生まれない、その技術は自らのビジネスモデルを破壊してしまうからである」。ビジネスの末端で、その難しい状況に直面し、技術の変遷から受ける影響を、最小限に食い止めながら、自身が属する会社の数字を守っているのが営業なのである。

 

 代理店やシステムインテグレータは、様々な製品やサービスにコミットし、それを自身の付加価値をつけてエンド顧客に販売する。特に日本市場においては、一旦納入したもののサポートと品質管理を厳しく要求され、この技術革新の激しいITにさえ、7年間ないしもっと長期間のサポートを要求される。ベンダー側からすれば、そんな陳腐化した技術を使い続ける事自体が競争力を削ぐ結果になり、企業経営にマイナスの影響を与えると考えている。三菱UFJが英断を下したクラウドへの移行が大幅に遅れているのは何故か、それは1000と言われる多数のシステムが散在していることに加え、古い技術に基づいたシステムが多すぎるために、移行を困難なものにしているのではないのか。しかし、いくらべき論を述べたところで、代理店はエンド顧客の投資回避性向やシステムインテグレーターの思惑によって、古い技術を保守せざるを得ず、自身の製品ポートフォリオから外せないでいる。そして、営業組織は、まずこれらの顧客を守らなければならない。企業収益の大半は既存のビジネスから出てくるからである。ここを毀損することは避けるのが彼らの命題である。

 一方、技術革新のめまぐるしいIT業界では、シリコンバレーから雨後の筍のようにベンチャー企業が出現する。生き残るのは、そのごく一部であることは言うまでもないが、その中からユニコーン企業というものが出現し、既存のビジネスを脅かし始め、最終的には既存の古い技術の会社を駆逐し始める。振り返れば、IT業界はその連続の歴史である。

Sun MicrosystemsがIBMやDECを、OracleがDB2を、MicrosoftとIntelがやはりIBMを、SalesforceがSiebelを、そして現代においてはSaaSが既存のシステムインテグレーターやアプリケーション開発企業の市場を侵食しようとしている。

ネットの時代になり、エンド顧客は自ら最新のIT技術を直接入手する術を持ってしまった。いくら特定ベンダーや代理店の思惑で、それを覆い隠そうにも、それは不可能であり、その新しい技術の取り入れを拒否するベンダーや代理店は、顧客から見放されていく。その最たるものは、残念ながら日本のメーカーであろう。

 さて、代理店各社は、この市場からの新しい技術の取り込みというプレッシャー(Market Pull)を、営業現場を通して受けることとなる。営業はここで大きなジレンマに直面することとなる。いわゆるレガシーテクノロジーを守らなくては会社の数字の屋台骨が揺らいでしまうのに、新しい技術を拒否すると客は逃げてしまうのである。そして多くの場合、このジレンマに対して会社側は明確な回答をしようとしない。「都合の悪い真実」だからである。

 

 上記の結果、双方を無視できない会社は、自身が保持する製品やサービスのポートフォリオを肥大化させてしまう。営業には時間的余裕などない、自身の時間をコントロールしづらくさえなっている。どこに居ても顧客と会社からアクセスされ、従来であれば非同期でできた仕事が、常に追い立てられる環境に身を置かざるを得ないのである。ここに教育の不足という致命的な問題が発生する。

 ベンダーは、代理店やシステムインテグレーターにValueを感じないと文句を言う、エンド顧客も似たような事をベンダーに吐露することも少なくない。エンド顧客からは、ベンダーから直接購入したいと要望されることもある。だが、代理店の営業現場からすれば、拡大してしまった製品ポートフォリオの深い知識や競合との差別化など、ゆっくり勉強している暇などないのである。さらに深刻な問題は、製品数の拡大に伴って社員が増えているかというとそうではなく、むしろ逆のケースも見受けられる。従って、同じ人員数で増えた製品に対応せねばならず、各ベンダーが一製品に割り当てる時間が稀薄化するのも無理のない話なのである。それにも関わらず、各ベンダーからの圧力は凄まじく、その矛先がいつも営業に向けられるのである。

 

 上記で述べた事象は、技術は常に更新されて行くという前提に立った企業経営をしようにも、一度始めた製品やサービスを止めることができないというジレンマが、営業やサポート組織に重くのしかかっており、クラウドの時代で加速したパラダイムシフトに追随できない可能性を示唆しているのである。問題なのは、従来であればITベンダーが入れ替わり、ある会社は生き残り、さる会社はChapter11になるか買収されれば済んだ話が、これからはITビジネスを日本で展開している代理店とシステムインテグレーターの取り分が縮小して行くのであって、誰がいち早く危険を察知し荒波を乗り越えることが出来るかということなのである。しかし、現状は身動き出来ない環境が、代理店やシステムインテグレーターを組織的にがんじがらめにしているのである。