Chapter5−2 Go-to-Marketって今後どうするの?

THE INTERNETによって中抜きが進んだビジネス環境、企業向けビジネスも例外はない

 The Internet以前の時代においては、海外のITベンダーは、IBMやHPのような大手を除くと、ビジネスモデルとして基本的に間接販売という形を取っていた。第一に日本のメーカーや代理店の持つ顧客へのアクセスを持ち合わせていなかったからである。特に官公需に至っては、彼らのサポート力に頼らざるを得なかったのが事実である。加えて、最終的に組み上がるシステムは、顧客の業務やプロセスと密接な関係があり、そこに立ち入る術も意思もなかったのである。それと引き換えに、彼らにマージン設定権を要求され、時に不条理な要求を飲む羽目になることもあったのである。ITとは、使い始めるその瞬間から陳腐化することを認識しなければならない商品である。であるにも関わらず、7年保守などという、ナンセンスな要求がまかり通るのが日本である。この間に入った日本法人は、常に狭間でジレンマを抱えていたのである。また、ハイタッチに力を入れるなどという流れが出て来たと言っても、所詮はセールスサイクルの上流行程に過ぎず、直販とは程遠いものであった。特にシリコンバレー発のベンチャーではこの傾向が強く、今でも多少その傾向が残っている。ハイタッチと言う名の代理店営業への同行セールスが実態ではなかっただろうか。


 The Internet以降に大きな変化が見られたのは、Product MarketingやMarComという所謂マーケティングというものに代わってDigital Marketingの占める位置付けが大きくなり、そのフォローアッププロセスとしてInside Salesという組織が確立したことである。Email Campaign, Contents SyndicationやWebinarといった、ネットを利用した顧客の集客およびアクセス装置を使って顧客のニーズを引き出し、プロファイルを取得し、ネットや電話フォローで直接的に案件創出を実行することが可能となった。この頃から、チャンネルパートナーが自ら生み出して来た案件なのか、それともベンダーの営業が作り出しパートナーに紹介した案件なのかで、パートナーの貢献度やパフォーマンスを計測するということもベンダー内部では行われるようになった。
 しかし、何れにしても最終的には顧客との関係性を重視する日本市場である、案件獲得に向けた営業活動には、直接お客と顔を合わせてやりとりを行うというのが依然として求められて来ました。お客が真に考えていることやステークホルダー間の関連性など、その入手に時にはお酒を交わしてのコミュニケーションも取られるのは、日本社会では常識であり、他国においても多かれ少なかれ同じ話を聞かされていたものである。特にアジアの某国などひどいものである。


 加えて、大きな顧客になるほどローカルなシステム・インテグレータやVAR(Value Added Reseller)の思惑や影響力が大きく、案件の精度や進捗などが不鮮明であり、その情報を求めて日参するなど日常茶飯事ではなかっただろうか。それらをITベンダーが回避しようにも、顧客の業務とそのアプリケーションに手を出せないITベンダーには、なす術がなかったのである。顧客の中には、自身のプラットフォームに何が使われていることすらシステムインテグレータに知らされていないことがあったのだから、彼らの影響力は絶大だったのである。
 ところが、その面倒極まりないプレーヤーをバイパスし、直接的に顧客へアクセスする人達が現れた。SaaSを提供するプレーヤーである。プラットフォーム開発やアプリケーション開発など必要ないのだから、土着のシステムインテグレーターなど関係ないのである。従来であれば、エンド顧客への直接的な接近を、間に入ったパートナーがある意味疎外をしているという見方もあったわけだが、何よりも彼らが顧客へアクセスをし易くなった理由は、DigitalMarketingの普及とGoogleの機能・サービスのおかげだろう。コンシューマーユーザーである私個人のYouTube画面にですら、SalesforceやDocuSignのバナーや広告が入るのだから。各ITベンダーもこのDigital Marketingに大きく力を入れている。


 そんな彼らやプラットフォーマーのクラウドプラットフォーム販売営業組織ですら、いわゆるEnterprise Salesという名のハイタッチは欠かせない営業活動であり、会社はその非効率な組織を運営する投資を行っている。ITベンダーは、代理店やシステムインテグレーターに、自社の製品やサービスを顧客に提案してくれることを常に願っているが、そんなことは不可能であることを知っている。デパート状態の代理店各社は、機能が重複する様々なベンダーの製品を多数抱えている。営業現場は特定のベンダーや製品に対する忠義などありはしないし、数字さえ上がればいいのである。時にはベンダーAが持ち込んだ商談にベンダーBの製品を提案するという、信じがたいケースもまま見られたものである。また、各ベンダーの営業を実際の顧客に連れて行きたがらないケースもある。代理店の営業は、各ITベンダーの思惑やコントロールを排除したがるものであり、加えて真のValue Propositionをきちんと顧客に伝えきれていないという問題がよく発生した。よって、各ITベンダーは、黎明期を脱してくるとハイタッチを強化するという流れになるのである。
 
 このハイタッチという営業組織にとって、極めて厄介なCOVID-19によるパンデミックが起こり、存在意義すら脅かしかねない事態が起こったのである。営業にとって、顧客と相対して情報のやり取りをし、提案活動を行うことは、彼女彼等にとって生命線であり、そこに代理店やシステムインテグレーターをバイパスして直接アクセスすることの意義がある。いかにデジタル・マーケティングが発達したり、SaaSやクラウドが発達しても、売るという行為に営業は欠かせないものだったはずなのに、物理的に顧客訪問そのものを遮断されてしまえば、残された道は仮想空間上の行動と音声通話に収斂されざるを得ない。

 Search Engine Marketingは、効果が低いことがシリコンバレーのフィールドマーケティングの人間の中で一定の理解はあるが、海外で普通に用いられるEmail CampaignやWebinarなど、日本の商習慣では機能しないと言い張ってきたものが、突如として日本でも主流として利用せざるを得なくなってしまった。既存顧客や提案中の見込み客との会議にZoomやMS Teamsが使われるのも普通のこととなってしまったし、折しも東京オリンピックのおかげで、物理的な展示会すら難しくなっていたのである。
 この営業現場のパラダイムシフトは、COVID-19という外的要因によって、海外からは異質のマーケットと見られている日本市場での営業のあり方を、根本的に変えようとしている。すでに述べたように、営業の初期プロセス(案件創出のための様々なマーケティング活動含む)はデジタル化に向かっていたが、企業向け営業(ハイタッチやエンタープライズ営業)すら変わらざるを得ない事態になっている。


 業界では、SEによる営業に対する不満の声を、あちこちで聞くことが多い。営業は顧客の御用聞きであり、製品の説明はもとより、顧客の問題解決に資するUnique Value Propositionの提示をすることが出来ない、言い換えるなら「顧客の問題を自身の製品によってどう解決するかというプレゼンテーション能力の欠落」という事に対するものである。全てとは言わないまでも、確かに納得する部分もあるのは事実であるが、現在我々が向かっている営業環境の変化においては、その営業が企業組織人として飯を食っていけなくなるかもしれない事態に直面する大問題なのである。リモートワークが根付いたとは言いながら、緊急事態宣言下でも通勤客が減らないのは、技術的・リソース的にそもそも無理な環境下にある企業人ないし中小企業であるか、もしくは職性としてリモートに適さない仕事の従事者に2分されると思うが、営業は後者に自身を分類した上で、この変化に適用しようという意識に欠けていると見受けられる。要は対面式のコミュニケーションでなければ、営業の精度と効率は上がらないという言い訳である。恥ずかしながら私自身もその部類に過去属していたと白状する。
 一方で、CFOを含めた経営陣は、リモートワークでこれまでの業務が遂行出来てしまうことに気づいてしまった。特に不動産やオフィスのリース代、通勤手当に代表される企業の固定費が削減できることが分かってしまった以上、経営陣ひいては株主やストックホルダーは、COVID-19ワクチンの普及後も、元に戻すことに難色を示すだろう。バランスシートが悪くなる要因を除外したいからだ。それが一次的にリモートワークの増加によって得た副次的なものであったとしても、彼らは元に戻すことを拒否し、容易に変化しなかった企業カルチャーや商習慣に変化を与え、完全に元の環境に戻すことはしないだろう。日本はなかなか変わらないが、一旦動き出すと外的要因に対する順応性と耐性に強い社会である。重要なことは、これが営業活動においても例外として扱ってくれなくなることだ。案件創出機会のデジタル化は既に進んでいる。おそらく物理的な展示会は東京オリンピック後に大幅な縮小に向かうだろう。
 ここに、営業個々人のプレゼンテーション能力が、如何にバーチャル・コミュニケーション上で発揮できるか、それを強く求められる時代が到来したのである。単にコミュニケーション手段がZoomに変わっただけでは済まされないのである。もちろん企業の組織化そのものも大きく変化することは言うまでもない。自民党菅政権が打ち出したデジタル化は、印鑑を廃止するとの方針を出し、官公庁ひいては民間企業社会を驚かせた。日本社会はこれに引きずられる。今頃DocuSignは、ほくそ笑んでいることだろう。