Chapter5−1 IT業界の生き残りをかけて 

製品・サービスの選択が狭まる中、プラットフォーマーにストップはかかるのか

IT系未来学者のジョージ・ギルダーは、クリプトコズム(セキュリティに責任を持つネットワーク時代)の到来を予言し、それはGoogleの築いたパラダイムを破壊するとしている(Life after Googleより)。彼はMicrosoftがWindows95をリリースし、彼らによって全てが独占されるとIT業界が恐怖していた頃、”Bandwidth”というパラダイムを予言した上で、ネットワークの帯域によって全てが変わりMicrosoftの自由は狭まると予測した。”The Network is the Computer”というSun Microsystemsのフレーズは、彼のBandwidthから来たものである。しかし、Sun MicrosystemはこのBandwidthから果実を得る事は出来なかった。優れたプロセッサーやOSの保持者に利益は配分されなかったのである。その後、元Google会長のエリック・シュミットは、ギルダーとの対談の中で、「利益は、最高のネットワーク、検索機能、ソートのアルゴリズムを所持する企業に流れる」と述べている。正にGoogleそのものである。今はそこにビッグデータとAIが入っているだろう。しかし、セキュリティを担保できないGoogle Worldを構築してしまった結果、このパラダイムを壊す人達が現れると予言しているが、そこにはブロックチェーンのような、Peer-to-Peerの技術が適用されるに違いないと述べている。ここには常にアンテナを張っておくべきだろう。

このギルダーが述べている、セキュリティに責任を持つネットワークの出現は、今のGoogleが確立したインターネットのあり方を破壊し、新たなパラダイムを作るとしているが、今を生きる私たちには、そんなものを待っている余裕などないのである。とにかく企業ユーザーとITプラットフォームビジネスを営む企業には、今を生き延びる術を考える必要がある。言えることは、様々なプラットフォームがクラウドに吸収され、間も無くその開発・販売、ディストリビューション・サポート、そしてシステムやアプリケーション開発という営みの多くが大きく収縮する危険が目の前にあるということである。その前に新たなパラダイムが起これば、新しいビジネスチャンスがやって来るのだが、厳しい現実は当分続きそうである。早くIT業界に混沌が怒らないものか、混沌こそITのビジネスチャンスそのものでもある。

ある有力なIT製品のディストリビューターを訪問すると、受付エリアにはITベンダーのロゴがズラリと並んでいる。様々なパッケージソフト、サーバー、ストレージ、HCI、ネットワーク機器、セキュリティ、仮想化やVDI、コンテナ関連、RPA、バックアップやデータマネージメント、データベース、そして大手ITメーカー、さしずめ百貨店を見るようである。どの新興ベンダーも、このような代理店に扱ってもらうことを望み、熱心に営業をかける。私もその中にいる一人であったが、既述のように多くのプライベートクラウド上のIaaS/PaaSが、プラットフォーマーのパブリッククラウドに飲み込まれてしまった場合、事業を継続することは可能なのだろうか、とついつい思ってしまうのである。もちろん経営陣もその点は理解しているだろう。日本のクラウド事業者と提携を行って、お互いに営業協力をして自身の商圏を守ろうとしたり、会社によっては自社でプライベートクラウドを展開して一定の成功と市場の評価を得ている会社も結構存在する。ITベンダーによっては、自社製品のソフトウェア機能をパブリッククラウドで使えるようにするなど、その親和性と継続性を市場にアピールしているベンダーもある。しかし、これから起こるパブリッククラウドへの流れは苛烈である。全てのプラットフォーム製品を扱うベンダーと代理店やシステムインテグレーターは、コロナ禍で加速のついたパブリッククラウドへの傾斜を受け止めることはできるのだろうか。

今のプラットフォーマーにおいては、

  • サーバーハードウェアは、一部スパコンCPUモジュールなどを除けばコモディティ課されている
  •  ファイルシステムやストレージのソフトウェアは確立されている、GoogleはRAMをも多用する
  • 検索とソートの技術はDBメーカーに頼っていない
  • ネットワークやSDNも既にコモディティ化されている
  • MicrosoftやAmazonなどは海底ケーブルの敷設まで行なっている
  •  REST-APIやDevKitも充実している
  •  HCIは、そもそもクラウドから派生したものである、Google File Systemなど
  • 仮想化やコンテナはクラウド事業者に収斂して来ているように見える、Open Siftは一部の企業ユーザーだろ
  • その他

陳列棚に展示されている商品は色褪せようとしている。個人的には杞憂であればいいと思うが、もう止めようはないと思われる。日本にもマザーズに上場するようなクラウド関連企業が出てきているようだが、極東の島国の小さなパズルを巡ってのせめぎ合いで、世界的な規模から見ればさしたる影響はない。繰り返すが、実現の可否や出来方の良し悪しはあるものの、パブリッククラウドは全てを飲み込むつもりである。従い、生き残って行くためには、パブリッククラウドの弱点を補う製品・サービスをポートフォリオの上位に組み込んだ会社である必然性が高くなる。
ITベンダーとエンド顧客の間に入っている様々なステークホルダー達は、上記の流れに危機感を持っていることだろう。自分たちの価値が時間とともに小さくなっていくのである。そこで、活路を見出すには、以下のいくつかのアプローチを取ることになるだろう。

  • SaaSで満たされない複雑な要求を実現するオンプレミス・アプリケーション開発(クラウド外ビジネス)
  • AWSやAzureなどのクラウド上でのアプリケーション開発支援(SIerのビジネスモデルの転換)
  • クラウドだけで完結できないセキュリティ対策と企業ガバナンス支援(クラウドの補完ビジネス)
  • マルチクラウド・ネットワーク監視&分析、コンテナとオーケストレーション環境構築(クラウド周辺ビジネス)
  • Salesforceに代表される、7階層の最上位レイヤーに分類されるSaaS (業務プロセス・バックオフィス特化)
  • ビジネス単価は低いが、以下のように細分化されたローカルSaaSへのプラットフォーム売り(SMB特化)

プラットフォームビジネスはなくならないが、縮小していく中でストックホルダーなどを満足させる成長エンジンにはならないだろう。忘れてはならないのは、あのVMwareがCloud Serviceを断念したことである。仮想化プラットフォームの巨人もプラットフォーマーの前には無力であった。現在、VMware Cloud on AWSとして、彼らの訴求ポイントを再定義しているが、コンテナとKubernetesやOpenshiftなどがさらに普及すればどうなるかは分からない。
前葉の中で、率直に言ってITプラットフォーム・ビジネスが継続できる事業領域は3番目と4番目と推測する。プラットフォーマーの弱点と彼らのサービスの補完を構築可能なものだけが生き残る可能性が高い。もちろん、これはあくまで推論であり極端な結論の帰結であることは付け足しておきたい。しかしパラダイムシフトは突然に急激にやってくるものである。今日現在はまだ助走にすぎない。そのシグナルを見て見ぬ振りをしているか、見えているのに見えない症候群に陥っているだけである。