Chapter3-1 Software as a Service”は生き残りをかけて

ITブラットフォームビジネスの恐怖は、SaaSベンダーにも同じ恐怖を抱かせるだろう

かつて一緒に仕事をした米国の友人は、直近までデータ・バックアップの新興ベンダーで働いていたが、最近AWSへと転職してしまった。そこでLinkedInで連絡を取ってみたところ、彼の職責はAWSにおけるバックアップのアーキテクトであった。AWSと協業しているバックアップベンダーはいくつも存在する。AWSのストレージのビジネス専任者は従来から存在していたし、彼らのマーケットプレイスを通じた協業はよく知られている。かく言う私もその経験がある。しかし、バックアップに関して専任者を置くのは初めて聞いたことになる。

 断言する、アライアンスなるものは一過性のものであり脆いものなのである。AWSはストレージサービスやコンピューティング・インスタンスを拡充して来たように、必ず自分のクラウド上にそのサービスを実現する。ご存知アマゾンの矢印は、「AからZまでAmazonで全て揃う」という事らしいが、言い換えれば「全部自分でやる」という事である。SaaSやプラットフォーマの提供する”Market Place”なるものなど、一時的なものに過ぎない。そこを奪わねば、彼らの成長も止まってしまうから、当然の帰結なのである。

 

 SaaSベンダーも尻に火がついたようである。SalesforceがBIで名高いTableauを買収し、さらにコラボレーションツールであるSlackを買収した。プラットフォーマーがアプリケーション・レイヤーを飲み込む前に、先に手を打って企業ユーザーの囲い込みせねばならぬと判断したように思われる。彼らの買収は更に続くと予想する。AnaplanやDocuSignなどが格好のターゲットではないだろうか。何れにしても、SaaSの領域において細分化されたアプリケーションに特化し、プラットフォーマーの手が届きにくい(当然買収を考えているだろうが)領域で生き残ろうとするだろうし、戦略的な買収話も起こるに違いない。Salesforceは7階層の上位レイヤーで、プラットフォーマーの侵食を阻む戦略なのだろうか。この動向を興味を持って注視したいと思っている。

 

 余談だが、今となればMicrosoftの取って来た道は理解できるが、AmazonやGoogleが企業ユーザー市場にこだわる動機付けは何なのだろう。ここが今ひとつ腹に落ちないでいる。プラットフォーマーが、「地球政府よろしく全てを支配しようとしている」、という陰謀論に組みするつもりはないが、社会のインフラとサプライチェーンを独占してしまったら、これは新たな全体主義を産みはしないか、そんな不安さえ抱く今日である。彼らはセキュリティに対する疑問と共に答える義務があると思うが。

 

 さて、企業は自身の持つ市場がクリティカルマスに達した場合、さらにビジネスを広げるためには新しい市場を求めねばならない。かつてIBMがPC市場に進出しようとしたり、MicrosoftがPCからエンタープライズにビジネスドメインを広げたように。はっきりしている事は、プラットフォーマーGoogleとAmazonは、Microsoft同様に、真面目にエンタープライズ市場において、企業ユーザーの獲得に注力している事だ。(なお、Amazonは依然として物販としてのビジネスが赤字であり、彼らの利益はAWS(Amazon Web Service)から出ていることは承知の事実である。)

 では、その進行スピードはいかほどのものだろうか。これによって危機感の持ち方と対応が違ってくる。

数年前、ヘッドハンターからカントリーマネジャーのポジションについて、同じタイミングで紹介を受けた2社がある。

1社はZoomであり、もう1社はDocuSignであった。私の能力では採用などされなかっただろうが、当時の私は、両社のビジネスが日本で成功するとは到底思えず、応募する事すらしなかった。私には日本での将来性が正直分からなかったのである。そしてコロナが発生したのである。


 このパンデミックにより、リモート教育・リモートワークが当たり前のように行われる今日、Zoomなどのビデオコミュニケーションツールが、企業のみならず一般の家庭でも普通に使われるようになったのはご存知の通りである。娘の小学校でも、Zoomでリモート教育が当たり前に行われているし、習っているダンスもZoomを利用し、iPadの前でリモートトレーニングを受けている。2019年にZoomの名前が認知されている一般家庭はどれほどあったのだろう。日本では、外資系の企業がメインの顧客であったので、私はすでにユーザーとして利用中であったが、本社がユーザーだったので、日本の支店もそれに伴って使っていただけのことである。パンデミックが広まり、リモートワークを日本政府が要請するようになり、テレビをつければ出演者がZoomを使って画面に登場する今日、ビデオコミュニケーションツールはもう市民権を得たと言っていいだろう。企業の都合など一気に吹っ飛ばし、あっという間にユーザーを爆発的に増やすことになったこれらのサービスは、企業のリモートワークにも大きな影響を及ぼし、仕事の出来方を根本的に変えてしまったのである。これにより、当然Zoomは爆発的に売り上げを伸ばしたが、それだけでなくVDIインフラへの追加投資やエンドポイントセキュリティ需要が活発化したとの情報がチャンネル各社や他ベンダーの社員から相次いだ。企業の情報システム部門は、社員の自宅から会社リソースへのアクセス度を、短期間で実現する必要に迫られたのである。それに伴いプライベート/パブリッククラウド双方への移行ニーズが急激に高まり、そのためのセキュリティ対策(CASBなど)やパフォーマンス・モニタリングなども同時に求められる結果となった。これは、企業のクラウド対応の加速度を見積もる上で、重要な周辺情報と言える。何れにしても、これを書いている2021年においては、2020年度のクラウド市場データがどれほどのものなのか、とても興味深いものとなるだろう。