Blog7-5 余禄:インフレが始まった

ビジネスのあり方はウクライナ危機で更に加速する

モルガン・スタンレーのChief Global Strategistであるルチル・シャルマ(Ruchir Sharma)は、彼の著書”Break Out Nations”で著名である。一般的に知られるBRICSという言葉も彼が世の中に広く知らしめたものである。その彼は、現在の経済環境について、コスト・プッシュ型インフレであることを懸念している。その要因は、COVID-19による労働力不足によるもので、原材料・部品の供給や、製造・輸送に大きな支障が出ているのである。よってそれが原材料(仕入れ)

価格の高騰と人材不足による供給不足という、二重の深刻な問題に起因している。かつて、故堺屋太一氏は、人口動態の大きな変化により「夢のない未来」を述べておられたが、人類はITを駆使したサービスや生産技術の革新によって、この人口動態を克服しようとしてきたはずであるが、それをCOVID-19は、極めて深刻なリスクを世界経済に突きつけたことになる。

 そしてウクライナ危機である。COVID-19で痛めつけられた世界経済にコモディティの高騰という追い討ちが加わった。ウクライナの小麦供給激減とロシア産天然ガスと石油の禁輸は、産業のありとあらゆるところに影響を及ぼすことだろう。わたしは経済学者でも国際政治学者でもないので詳しい解説などするつもりはないが、明らかにITビジネスの営業現場にも大きな影響を及ぼすことになる。

 

 コストプッシュ型インフレなのだから、企業はそのコスト増を販売価格に転嫁せざるを得ない。しかし経済そのものが痛んでいるわけなので、そっくりそのまま転嫁できるわけなどないのである。すると、どこかでそれを吸収せざるを得なくなるのであるが、企業の財務・経理部門は何処に目をつけるかということになる。COVID-19は、結果的に企業に対してコスト削減の方法論を示すこととなった、いや技術的に可能であっても口にすることなど出来なかったことを、堂々と述べることが出来るようになったのである。人事にとっては社員の感染リスクの軽減という理由、Customer Facing Organization(営業、SE、Customer Supportなど)においては、相対する顧客が物理的に面会するのを断る時代になったという理由、それらが財務・経理部門にコスト削減の方法論に御旗を提供することとなった。

 また、最近様々な検証データを見ることとなったが、以下のグラフのように、実際にオフィスに通勤して仕事をするよりもリモートで仕事する方が、生産性が断然高いというデータも見られ、財務・経理部門のコストカットに正当性を与える結果となっている。ここにおいて、彼らは大手を振ってコスト削減策を実行することとなるのであるが、真っ先に手を付けるのは固定費の削減であり、人件費であり、通信交通費である。

 ここにおいて営業組織が肝に命じなければならないのは、元の状態になど戻れない、いや会社はコスト削減する術を見つけてしまったので、戻したくないのである。オフィスへの出社は必要最低限になり、リモートワークが当たり前になり、DXが進めば不必要な人材を与党必要もなくなる、根本的に営業の仕方が変わるのである。どうも、まだこの点について理解していない営業が多いように感じてならない。とにかくリモートでお客をどうフックするのか、その方法論とテクニックの習熟を急がなければ、仕事を失う羽目になるだろう。いわゆるCustomer Facing Organization営業組織が外れる可能性が高い時代となったと早く頭を切り替える必要があるのではないか。

興味深い話がある。ある会社にCountry Managerとして転職した人間が解雇となったのであるが、興味深いのは彼の退職そのものではなく、仕事の進め方なのである。その彼は社内の人間ならびにパートナー企業と、とにかく物理的に会うことを要望したのであるが、社員とパートナー企業からリモートでの会議にして欲しいとして受け付けてもらえなかったというのである。しつこい要求にむしろ怒りを買ってしまったようである。わたしも営業職をバックグランドにしているので、気持ちは非常によく分かる。しかし、もう世の中が変わってしまったのである。かくいうわたし自身もこの一年で経験していることは、過去では有り得ない事ばかりである。新規顧客と一度も物理的な面会をせずに商談を進めるなど考えられなかった。でも実際に数千万円規模の商談が行われているのである。

 今にして感じるのは、過去の成功体験を早く捨て去り、現実を直視して自身を自ら再トレーニングし直すことこそ営業職を続けられる原動力ではないだろうか。プレゼンテーションのテクニックとデジタル・マーケティングへの造詣を磨き直さねばならないと、改めて感じている。