Chapter1-3 一通のメールとそこはかとない不安

一通のメールとそこはかとない不安

COVID-19が及ぼすビジネスインパクトは計り知れないが、それに端を発した経済収縮だけではない何かがこの瞬間も進行中である。

さて、2021年3月某日、一通のメールが私宛に届いた。私の業界の友人であり、ある外資系日本企業(シリコンバレーに本社を置く)の、かなり高位の職位にいる人からである。音沙汰がないのは上手くいっている証だと思っているが、大抵連絡が入る時というのはヘルプのサインであることが多い。私への相談の内容というのは、辞めることになった部下(恐らくリストラに伴うレイオフと想像する)の次の就職先に関してであった。要は私の勤める会社にOpen Positionはないかという打診であった。本当にいい上司である。辞めさせる部下の働き口の心配をしてくれる上司など、そんなにいるものではない。私も見習わなくてはならない。私に協力できる事は喜んでさせて頂こうと思ったが、困ったことに、私も数ヶ月前に職を辞したばかりであった。

 しかし、腑に落ちないのは、その会社はあるセグメントにおいて、圧倒的な強さと評価を得ている企業であり、COVID-19によって世界的に景気後退が起こったとしても、彼らのビジネスがそんなに急減速するとは思えなかったのである。なぜなら、その会社の持つ価値というのは機能の面だけでなく、TCO(Total Cost of Ownership)を大幅に削減できるというところが売りであったからだ。まさに景気の悪い時にこそ打ってつけの製品ではないか。背景を探ってみようとは思うが、そこには何か理由があるはずなのだ。人を減らす、ないし新規採用を凍結する、というのは基本無駄なキャッシュアウトを極力減らすということであり、その背景にはRevenueもしくはNet-Incomeの大幅な落ち込み、ないし大きな減少予測を見込んでいるからに他ならない。微減予測では大鉈は流石に振るわない。どこの業界においてもそうだが、特にIT業界においては、人材こそ一番重要なアセットだからである。ヘッドハンターと話すと分かるが、クライアントのために良い営業を見つけるのに彼らも四苦八苦している。営業職は企業に金をもたらすリソースである。だから営業の人員を減らすというのは、開発を除けば最後の最後なのである。ましてや私の知る限り、極めて強いValue Proposition(製品やサービスの提供する価値)を持つ企業が、PIP(Performance Improvement Program)を適用されていない営業職を簡単に切るはずはない。

 このケースは、COVID-19による世界的な景気後退を反映したものとして、片付ける類のものだろうか。先方の社内事情に首を突っ込むわけにはいかないので、事情を知る由も無い。だが、ワクチンが普及すれば、完全に元通りとはならずとも、経済活動も戻るはずではないか。何か業界の中に構造的な変化が起こっているからではないのだろうか。

 

 最近プラットフォームベンダーの動きとして気になっていることがある。前回のBlogで述べたとおり、ITプラットフォームを生み出す企業は、ソフトウェアをApplianceという形で提供しているケースが多い。そのソフトウェアをクラウド上で実行させることが出来るという発表が相次いでいるのである。2010年代中旬以降、各ベンダーがクラウドというキーワードを使う場合、大体以下の二つを意味しているようである。

  • 企業の情報システムが所有するデータを、クラウド環境とオンプレミス環境にまたがって、シームレスに管理できうる機能を備えていること(アプリケーションのみならず、セキュリティやSD-WAN、あるいはデータマネージメントなど)
  • オンプレミスに置かれるITプラットフォームのTCOが、4-5年単位で見ればクラウドと変わらないこと、その構築と運用が、クラウドと同等の簡便性・効率性を提供してくれること

 

色々言って見たところで、プラットフォーム・ビジネスを、クラウド時代に陳腐化させないための方便にすぎなく見えるのは私だけだろうか。言い過ぎだろうが、自身の持つソフトウェアをクラウド上に置いてユーザーに利便性を提供するなら、ユーザー側からすれば敢えてそのベンダーを利用する価値は希薄となる。確かにプラットフォーム・ベンダーのソフトウェアが提供する機能は魅力であるが、プラットフォーマーやSaaSプレイヤーは優秀なソフトウェア開発エンジニアを擁し、日進月歩しているのである。その差異は短期間でなくなるだろう。