Chapter2-4 ブラックスワン

Public Cloudへの疑問を吹き飛ばしたBTMUのAWS採用、想像できなかった現実をIT業界は突きつけられた。

実際にはこの3年間で何が起こったのだろうか。ご存知の通り、日本は海外のITベンダーからはもっとも困難で複雑な市場の一つだと理解されている。最近ではそれに嫌気がさして、グローバル展開の順番を後回しにする傾向が多くなった。日本のユーザーは、新しい技術に疑い深くて前例主義・横並び主義が強く、日本のシステムインテグレーターに丸投げする傾向があり、市場開発が非常に難しい。そんな日本市場において、初期投資の抑制とアセットを貸借対照表から消せると言うメリットは理解できるものの、特にセキュリティ・リスクに対する明確な回答がないパブリッククラウドに、簡単に移行など進むものだろうか。

 

 前述の補足になるが、海外、特に米国の新興ITベンダーが日本市場へ参入して来るのは、とてもハードルが高い。そこには様々な理由があるが、日本語サポートの問題、品質やサポートに対する考え方、日本に存在するローカルITベンダーやシステムインテグレーターの思惑、古くは系列というものもあったし経産省の政策もあった。それらを丸めて言えば日本式のビジネス環境というものである。ある意味、重厚長大な日本のITベンダーが、技術の進化的にはシリコンバレー、シアトル、ボストングループに勝てていないのに、今まで化石のように生き残って来たのは、この日本固有のビジネス環境によるところが大きい。日本からすれば、「客は俺たちだから売り手はそれに合わせて当然だ」、米国からすると「何で日本だけはこうなんだ」、どちらが正しいわけでも間違っているわけでもないが、何れにしても米国のIT企業が日本市場に参入するのは極めて厄介な仕事なのである。ましてや、POC(Proof of Concept)よろしく、米国本社に数字を見せてやらなければ、日本市場への人的投資もマーケティング予算投資にも極めて慎重なのである。それどころか、80年代から2000年代までは、アジアパシフィックの中で真っ先に日本へ進出していた企業が、現在では日本を後回しにするようになったのだ。これは実際に私が経験していることであって、決して大袈裟な話ではない。

 

 さて、新しい技術やコンセプトを広めようとする新興ベンダーは、誰がアーリーアダプター(初期ユーザー)になり得るかを見極め、まずはそこに集中的にリソース投下をすることに注意を払っている。そこでリファレンス・カスタマー(初期ユーザーの中で公にユーザーであることを告知できる顧客)を市場に見出し、彼等の声を利用したマーケティングによって市場を広げる施作を取る。ITベンダーは、代理店が新しい顧客を彼等自身が能動的に作ってくれることを期待しているが、残念ながら実態はそうではないのである。代理店に一番期待しているのは、彼等のエンドユーザーに対するリーチ(アクセス度)であるが、市場開発初期においては、余り期待はできない。後述するが、期待に反して代理店やシステムインテグレーターには内部矛盾を抱えており、短期に解決できる代物ではない。確かに大きな顧客ベースは持っていて、そこに対するアクセス網を所持してはいるが、現場の営業組織が、それに対して知識的・経験的・動機的にアクションを取る状況になく、ベンダー側の期待など現場の営業は関知しないのである。

 ITベンダーの黎明期においては、このアーリーアダプターを何処にするか、誰と一緒に顧客に行くか、想定するソリューションは何か、等々を設定して、最小リソースで最大効果を狙ったGo-To-Market戦略を立案することに、各ITベンダーは腐心しなければならない。

 アーリーアダプターを設定するにあたり検討する項目は、簡潔にまとめると大体以下の通りとなる。

 

  • 日本のローカルシステムインテグレーターへの依存度が比較的低い。日本のエンド顧客は全てを大手システムインテグレーターへ丸投げし、ITシステムを構成する要素技術の選択は、エンド顧客ではなくシステムインテグレーターの選択、時には思惑に依存してしまう。
  • 新しい技術への理解が早く、自身でプラットフォームの選択をし、自身で構築をすることができる。

テクニカルエッジを理解できる顧客は、それによって得られるメリット瞬時に理解し、自らそれを導入する動機付けを持つ。

  • 予算化と実行稟議の意思決定が早く、部門単位で予算化できる。企業情報システム部門は、全社に影響を与えるので意思決定が遅く、出入りする大手ベンダーの邪魔が入りやすい。部門単位で一定の予算化をしやすい業種はどこかを理解する必要がある。

 

 となると必然的に、このアーリーアダプターなる想定顧客の中に、官公庁、社会インフラ、金融業は入れづらくなる。そんな時に、出典は失念したが、あるレポートを読んで正直本当かなと思ったデータがあった。それは、2021年末までに物理環境だろうが仮想環境だろうが、コンピューティング・インスタンスの90%はクラウドへ移行するという記述を目にしたことである。正直今になってもこの数字は信用していないが、前出の2-3で紹介したマーケットデータが示す通り、明らかに移行のスピードは速くなっているのは事実である。そうした中、2017年1月のある日、ネットメディアを中心に、「三菱UFJフィナンシャル・グループが、米アマゾン・ウェブ・サービス採用方針」というニュースが流れると、IT業界には「三菱ショック」とでも言うべき激震が走ったのである。

 このアーリーアダプターを決める上での尺度が、三菱UFJファイナンシャルグループをして、AWSを本格採用するなどあり得ないと思わせていたのである。もちろんAWSのユーザー数は増え続け、業種も広く浸透しているものの、その利用形態は依然として前述した域を出ない、本格的にコンピューティング・インスタンスの移行などあり得ないと思っていたのである。新しい技術には懐疑的であり、IBMを中心とするシステムインテグレーターへの依存度が高いがゆえに彼等の思惑が意思決定に入り込み易い、勘定系を中心にレガシーなシステム(未だにメインフレームが残っているし、1000以上のシステムが残っている)が存在し簡単に移行など出来ない、ましてや個人情報や取引データのセキュリティをきちんと守れるのだろうか、折しもGDPRが盛んに叫ばれる昨今である。従って、MUFGのみならず金融業界がクラウドへ本格的に移行するなど到底考えつかなかったのが正直なところである。正にブラックスワンである。